イベント詳細情報◆吉原遊郭(遊廓・旧赤線地帯)〜小塚原刑場(浅草仕置場)〜山谷(ドヤ街・日雇い労働者の街)の神社・仏閣を巡る◆ 【日程】 12月13日(木)
【時間】 東京メトロ日比谷線三ノ輪駅改札出口16:00集合
【場所】 吉原〜山谷
【内容】・・・吉原遊郭(遊廓・旧赤線地帯)〜小塚原刑場(浅草仕置場)〜山谷(ドヤ街・日雇い労働者の街)の神社・仏閣・名所旧跡を巡ります。刑場や遊郭は仏教寺院、ドヤ街はキリスト教会の存在感が強いように思われます。しかし、今フィールドワークでは特に、刑場・遊郭・ドヤ街における神社・神道に注目します。
◆吉原 江戸時代以降、公許の遊女屋が集まる遊廓があった地域。明治の吉原風俗は『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外)や『たけくらべ』(樋口一葉)といった作品からも窺える。第二次世界大戦後、GHQの指令により公娼廃止となり、営業形態も民主化され、特殊飲食店街いわゆる赤線となった。昭和33年の売春防止法の施行により、赤線は廃止された。今フィールドワークでは特に遊郭における神社・神道に注目する。
●吉原神社http://www.asakusashichifukujin.jp/yosi.html
吉原遊郭の鎮守の神。ご祭神は宇迦之御魂神(お稲荷さん)、市杵嶋姫命(弁財天)。江戸時代の祭礼には、花魁、太夫(遊女の中でも最高格式を有する者)の道中行列や即興劇「仁和賀(にわか)」などで賑わったという。
●浄閑寺(遊女の投込み寺)http://www.jyokanji.com/
安政2年(1855年)の大地震の際、多くの吉原の遊女が、投げ込み同然に葬られたことから「投込寺」と呼ばれるようになった。その後も、身寄りのない遊女たちを葬り、川柳に「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と詠まれた。慰霊のための新吉原総霊塔のほか、しばしば当寺を訪れた永井荷風の詩碑が建立されている。
●鷲神社http://www.otorisama.or.jp/
ご祭神は天日鷲命、日本武尊、寿老人(七福神)。酉の市で有名。
◆小塚原刑場(跡地) 江戸時代の浅草仕置場、千住小塚原刑場跡。この刑場は約2千坪(間口約108m、奥行き54m)あったと言う。江戸から明治(1873年)に廃止されるまで、約20万人もの人が磔・斬罪・獄門などに処せられた。
●コツ通り(骨通り、山谷通り) 「コツ」の名の由来は、「小塚原(こつかっぱら)を略した」、「罪人の骨が累々と積まれていたため」などの説がある。
●首切地蔵 &回向院http://www.ekoin.or.jp/
刑死者は回向院に葬られた。明暦の大火(1657年)の焼死者10万8千人、安政大地震の犠牲者、水死者や焼死者など、無縁仏も埋葬する。現在は、ペットの墓も多数ある。千住回向院には、安政の大獄により刑死した橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎、桜田門外の変の犠牲者、昭和の2.26事件で刑死者、ねずみ小僧次郎吉、「毒婦」高橋お伝などが葬られている。
◆山谷 奥州街道沿いで、江戸時代から木賃宿(食事を提供しない素泊まり専門の旅館)が集まる場所であった。現在も簡易宿泊所の施設が多く、日雇い労働者が集まっている地域である。 いわゆるドヤ街としての規模は大阪のあいりん地区に次ぐ規模である。宗教的側面から見ると、ドヤ街は一般的にキリスト教の影響力が大きく、教会が注目を集めがちである。だが、今フィールドワークでは逆に、ドヤ街における神社・神道の様態に注目していく。
●玉姫稲荷神社http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Renge/5985/index.htm
ご祭神は宇迦之御魂大神。境内末社に八神殿(白山神社・八幡神社・八坂神社・春日神社・金刀比羅神社・松尾神社・天祖神社・王子神社)、猿田彦神社(鬼門さま)、口入稲荷神社がある。池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』にも出てくる神社。
●石浜神社http://www.ishihamajinja.jp/
約1300年の歴史を誇る。ご祭神は天照大御神、豊受姫神、寿老神(七福神)。珍しい神道形式の墓地もある。
◆吉原&山谷近隣の名所・旧跡・お化け地蔵
・千束稲荷神社
・熱田神社
・素盞雄神社、日枝神社
・待乳山聖天(聖天とは、ヒンドゥー教の象頭神ガネーシャに相当)
・入谷鬼子母神(鬼子母神とは、ヒンドゥー教の鬼女・女神ハリティーに相当)
